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母成峠の戦い

観光案内

母成峠の戦い(ぼなりとうげのたたかい)は、会津戦争の戦いの一つ。1868年に明治政府と会津藩の間に行われた戦闘。母成峠は、会津猪苗代湖に侵入するルートの一つ。会津藩の兵士の他に、斎藤一と新撰組も守備していた。

観光情報
駐車場【有】
トイレ【無】

アクセス
車が必要。磐越自動車道、猪苗代磐梯高原インターより115号線を北上。


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周囲の地図情報 母成峠の戦い

詳細案内

母成峠の戦い

日付:1868年 10月6日
明治政府軍(2000) 対 会津藩新撰組連合軍(700)
明治軍指揮官:板垣退助、伊地知正治
会津軍指揮官:大鳥圭介、斎藤一

戊辰戦争における会津戦争の戦闘の一つ。歩なり峠は会津への入り口の一つ。明治政府軍がこの地から進入してくると予想していなかったために、大規模な守備兵を配置しなかった。

戦闘は霧が立ち込める早朝に始まったが、政府軍の西洋式の銃や大砲の前に腰を抜かした会津兵は戦闘開始早々に逃げ出してしまった。残りの旧幕府軍も死守するも、夕方までには退却突破されてしまう。

板垣退助は、その日の内に会津へと侵入を果たすことになる。

(参照:オフィシャル案内現地観光情報等)