落差:12m
種類:直瀑
佐々木小次郎は17世紀に活躍した剣豪。号は厳流。宮本武蔵の最後の対決、巌流島の決戦の相手として知られる。越前国宇坂庄浄教寺村で生まれたとされ、中条流富田勢源、あるいは富田勢源門下の鐘捲流の鐘捲自斎の弟子とされている。武者修業のため諸国を遍歴し、「燕返し」の剣法を案出、「巌流」と呼ばれる流派を創始。小倉藩の剣術師範となる。1612年刃長三尺三寸の野太刀「備前長船長光」、通称「物干し竿」を使用して、武蔵と巌流島で決闘し、敗死したとされる。
一般的に18才の時に武蔵と戦ったとされるが、小次郎が生まれたのは16世紀半ばであり、戦ったときは既に50才を越えていたはずである。もし鐘捲自斎の直弟子であれば、対決の時は70才を越えていた。
(参照:オフィシャル案内現地観光情報等)