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今戸神社

観光案内

今戸神社(いまどじんじゃ)は、東京浅草にある神社。浅草七福神の一つで、現在縁結び神社として有名である。また招き猫発祥の地や沖田総司終焉の地としても知られる。境内には招き猫が多くあり、縁結びを願う参拝者や絵馬が多く並ぶ。本殿横の社務所では、招き猫と今戸神社のオリジナルソングが流れる。現在も良縁を祈願しに多くの参拝者が訪れる。

観光情報
駐車場 【無】
トイレ 【有】
宝物殿 【無】

拝観料:無料
参拝時間:終日

アクセス
浅草駅より徒歩。


特集

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今戸神社

主祭神:
應神天皇(おうじんてんのう)
伊弉諾尊(いざなぎのみこと)
伊弉冉尊(いざなみのみこと)
福禄寿(ふくろくじゅ)…七福神の内の一神
創建:1063年
主な神事:

1063年、源朝義・義家親子が勅令によって奥州討伐に向かいさい、鎌倉の鶴ヶ岡と浅草今戸に京都石清水八幡を勧請したのが今戸八幡(現在の今戸神社)の創建になる。

源義家の建立とあって武家の信仰も篤く、徳川三代将軍家光も社殿の再建を行った。昭和に入り、隣接する白山神社と合祀し、今戸神社となる。

八幡信仰はもちろん、伊弉諾・伊弉冉の二柱の神が祀られており、縁結び、生産の基盤を固める神として拝められて入る。その為今戸神社では縁結びの神社として有名である。
今戸焼
今戸焼は、天正年間(1573年~1592年)に始まったとされ、日用雑器、茶道具、土人形、火鉢、植木鉢、瓦などを生産していた。江戸時代に入り、徳川家康が三河から二人の土風炉師と土器師を連れて来て、新製法を融合させた。その後生産が盛んになり現在様式が確定した。今戸土人形として、力士不知火を模したものや、招き猫、稲荷の狐などが生産されるようになる。このため、今戸焼は招き猫発祥の地とされる。

新撰組一番隊組長沖田総司が亡くなった場所とも伝えられている。新撰組の生き残りの一人二番隊組長永倉新八の同志連名記によると、江戸に引き上げた際、肺病の進む沖田総司は和泉橋の松本良順の医学所で治療を受けていたが、薩長軍の江戸入りに際して、総司を含む患者たちは浅草今戸八幡に収容されたと記録にある。

オフィシャルホームページhttp://members2.jcom.home.ne.jp/imadojinja/T1.htm

(参照:オフィシャル情報)