宗派:日蓮宗
開山:日珖上人
正式名称:広普山妙國寺
妙國寺は、1562年に機内を支配していた三好家の一族、三好之康が大蘇鉄を含む土地を、日珖上人に寄進して開山した。
大蘇鉄
伝説によると、織田信長がこの大蘇鉄を気に入り、無理矢理安土城に移植した。しかし毎夜「堺に帰りたい」と泣いたので、信長は激怒して「切り倒せ」と命じた。しかし、蘇鉄を斬りつけたところ切り口から鮮血が吹き出て悶絶したため、さすがの信長も恐れをなして妙國寺に返したと伝えられている。枯山水の庭園には千利休寄進の六地蔵灯籠や瓢箪型の手水鉢があり、日本唯一の「蘇鉄の枯山水」として知られている。
堺事件
1568年に、フランス軍艦より水兵100人が上陸し、市内で暴力を振舞い婦女子を追い回すなど乱行に明け暮れた時、それを阻止しようとした警護の土佐藩士とフランス兵との間で銃撃戦が起こり、フランス兵13名が死傷した。国際問題となり、土佐藩士20名は切腹を命じられ、ここ妙國寺で行われた。12人目にかかりフランス人はその凄絶な様子に絶えられなくなり中止された。切腹した11名がここに葬られている。