築城:1414年 奥山氏によって
主な城主:武田信玄
現在:城址 復元
高根城は、遠江最北端に位置する山城で、標高420m・比高150mの通称三角山の山頂部を中心に築かれている。城址からは、水窪町中心部及び北遠江と南信濃を結ぶ主要街道を見下ろす事が出来る。高根城は、この一本の主要街道を押さえることと、信遠国境警備を目的として築かれた城である。
城は山頂部に本曲輪・二の曲輪・三の曲輪を南北に配し、各曲輪間には堀切が設けられている。南端部に城域を区切るために真中に土塁を挟んだ二重堀切が設けられ北側堀切は三の曲輪を取り巻くようにU字を呈している。城の東西に位置する崖地形を生かし、巧みに堀切を取り入れたコンパクトな姿は、戦国期の形態をよく残す。城の創築は、出土遺物から15世紀前半、地元国人領主奥山氏が築いたと考えられる。その後、今川氏親等から安堵状を得ている為に15世紀末ごろから今川配下に組み入れられたと考えられる。奥山支配は、今川家没落と、武田氏・徳川氏の台頭があったが永禄年間後半頃に大きく変化する。1558~1570年ごろに信州遠山土佐守に攻められ落城したと伝えられる。最終的には武田配下に組み込まれた。
1576年に遠州から武田勢力が一掃され、高根城も廃城となった。