城郭の種類:平城
天守構造:五重
築城年:1570年
築城主:細野藤敦
津城は、織田信長の弟信包によって築城された。信包は信長が伊勢へ勢力を伸ばしたとき、長野氏の養子に入ったものである。1580年には五層の天守閣が完成し、当時柳山付近が中心であった津の町から町屋や寺院が移され城下町が作られた。その後、富田氏が城主となり、1600年関が原の戦いのとき西軍の攻撃を受け、城・城下町ともに戦火を受けた。
1608年、藤堂高虎が伊予今治から移ってくると、城に大改修を加え城下町を整備した。本丸を広げ、石垣を高くして北側の石垣に角櫓を築き、堀も整備したが、天守閣は再建されなかった。津城は典型的な平城で、堀が「回」の字形に二重に巡っている輪郭式または囲郭式とも言われる形の城である。
城下町は、城を中心に北・西・南側に武家屋敷、東側に町屋が置かれた。町はずれを通っていた伊勢街道を城下に引き入れ、町の発展を図った。また、堀川を掘り、東側の守りとしたが、物資の運搬にも利用され商業の発展に役立てられた。堀川の外側には寺院を配置し、万が一の場合に備えた。