年代:4世紀末
規模:墳丘長約150m、後円部径99m、高さ13m、周壕含む全長180m
昼飯大塚古墳は、当時は三段で、墳丘の斜面全体に遺志が隙間無く葺かれていた。石は近くの大谷川などから運ばれてきた。平坦な部分には多くの埴輪が置かれていた。
昼飯大塚古墳からは多くの遺物が出土している。後円部山頂からは4000個以上の玉類が、木管直葬部分からは刀などの鉄製品が40点余り出土した。全体には1500個の埴輪が並べられていたと考えられる。
この周辺には多くの古墳があり、粉糠山古墳は前方後円墳としては全国で10番目の規模を誇る。